壬生菜の朝、大原にて。
朝五時の大原。露を纏う壬生菜を、生産者の藤井さんと摘む。苦みと清水の甘さが拮抗するこの葉を、今週の第四皿に。
京都・岡崎に生まれ、十八で渡仏。パリ〈Arpège〉、モナコ〈Le Louis XV〉、ブレス〈Georges Blanc〉で二十年、仏料理の背骨を学んだ。
2014年、故郷に帰る。祖父の漆工房跡を改築した三坪の厨房で、樂焼と萩焼を器として選び、京野菜と仏の火で一皿をつくる。「帰る」ことが、私の料理のすべてである。
料理は、記憶のかたちをした手紙である。— Haruki Morikawa, 2024
Cuisine is a letter in the shape of memory.
京都から半径百キロ。十八軒の生産者。八十七種の京野菜。私たちは流通を介さず、毎朝、畑と市場を歩く。その日の土を、その日の皿に。
Within 100km of Kyoto. Eighteen farmers. Eighty-seven heirloom vegetables. We walk the fields each dawn — what the soil gives us tonight is what the plate becomes.
上賀茂で十七世紀より継がれる丸茄子。皮は厚く、果肉は絹。炭で焼き、塩のみ。
朝五時、露とともに摘む。苦みと清水の甘さが拮抗する品種。
山中の清流で育つ合鴨。脂は甘く、筋肉は締まる。杉の薪で炙る。
琵琶湖東岸、四百年の系譜。百二十日の熟成。サーロイン、ただ一頭分のみ。
五月下旬、群れから三十尾のみ。蓼の苦みと煎茶の煙を合わせる。
酸と甘のバランスが均衡する晩春の苺。樂焼の黒と対話する。
"Le terroir, ce n'est pas une idée — c'est un matin."
テロワールとは思想ではない。ひとつの朝である。
平安神宮の裏、白川沿いの町家を改築。黒漆の土間、無垢の欅一枚板。一日、一組、一卓。他の気配はなく、ただ、あなたと料理の対話だけが残る。
Hidden behind Heian-jingū, along the Shirakawa canal — a single lacquered room, a single zelkova table. One party per evening. No other guests. Only you, and what the night becomes.
十六代 吉左衛門。手捏ねの黒茶碗。火と土の沈黙。
十五代 坂倉新兵衛。白化粧が、潮の甘さを引き上げる。
自然釉の景色。土の記憶を、皿として盛る。
塗師 赤木明登。百二十工程の黒。澄まし汁のためだけに。
地下二層、一千二百本。九割がブルゴーニュ、残りはローヌ、ロワール、そして日本酒。ソムリエ・マクシム・デュフレーヌが、十二皿に八つの夜を重ねる。
Two floors underground. Twelve hundred bottles. Our head sommelier Maxime Dufrêne builds eight glasses across twelve courses — a second composition, parallel to the plate.
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朝五時の大原。露を纏う壬生菜を、生産者の藤井さんと摘む。苦みと清水の甘さが拮抗するこの葉を、今週の第四皿に。
黒樂茶碗の重さと、手のなかで呼吸するその温度。器は料理を半分、語る。
メインの鴨に合わせるのは、2012のデュジャック。北山の杉の煙と、モレ・サン・ドニの森が響き合う夜。
熟成庫に吊られた一頭の背。時間が脂を甘くし、赤身を深くする。
古都華苺の赤と、ダマスクローズの香り。樂焼の黒だけが、この一皿を締める。
備長炭の赤、松葉の燻、杉の薪。火は記憶を焼き付ける最も古い道具である。